音楽室 藤原 康子

音楽室の窓から ほぼパノラマの山々を見るのがとても好きでした。養老山脈から伊吹山、御嶽山と青い空、時々虹もかかり、雄大な景色に癒されてきました。
 何年もの間、私の自由に音楽の授業ができたこと、たくさんの尾西高校生の心にどれくらい印象が残せたかはわかりませんが、とても楽しい時間でした。自分自身もそんなに弾けないうちにギターの実習を始め、みんなといっしょに成長したこと、そのギターの実習はいろいろな年でそれなりの問題を生みながら最後の年まで貫いて出来たことはよかったと思っています。また最後の2年間は一人一台のキーボードで演奏ができ、それが思いの外みんなが頑張ってくれて初心者としては結構弾けるようになりました。卒業生の何人かとは今でも交流があり、彼らの学舎がなくなってしまうこと、本当に残念です。でも多分、尾高卒業生の心の中には、あの素晴らしい校歌が刻まれていることと思います。
”尾張野の真野の西のわが母校の歌を。”

旧職員(1回生~46回生)藤原 康子